報道映像・編集の大切さ

僕が、映像編集に魅せられ、アマチュアではあるがこれをライフワークとしてから15年。技術は拙いままだが、この「仕事(生業ではないが)」を続けている。自分は、映像編集・映画つくりで、救われたと思っている。

だからこそ、言いたいことがある。SNSで流す映像情報についてだ。「撮ったものをそのまま流す」人は多い。それは、それで、いいとは思う。編集する時間のなさから。でも、それしかやらないということについて、「編集する努力をしようよ」と言いたい。

「編集無しの映像」の是非について、ある僕の尊敬する「活動家」の人と話したことがある。その人は、「役に立っている」とのこと。それは、そうだろうと思った。全部見ないのだから。

「編集無しの映像」を観る人って、限られる。少なくとも「一般人」ではない。運動に関心がある人と権力。それがわかっていて、なぜ編集しないのだろう。
僕は、この社会の今後を占うのは、「伝わる力」だと思っている。韓国も台湾も香港もヨーロッパもアメリカも中米も、運動を映像が支えている。伝わる映像をやり切った方が、決定的に社会に影響を与えていると言っていい。

僕たちは、今、そこに立っていると言っても過言ではない。
現場に行き、編集し、ひたすらどうすれば伝わるかを考えて考えて考え抜く。そこに、悩む。そこに努力できる人間がいかに増えるかで、今後のこの社会の方向が決まるのではと思っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA