市民メディア・必要な位置に

コロナの状況下で、どうしても後ろ向きになってしまうことが長く続いている。僕自身4月の取材を中止し、新作映画「沖縄と本土 一緒に闘う」の完成上映会ができなくなった時、「もうだめかもしれない」という無力感がじわじわとわいてきた。それは、確たる根拠があるものではなかった。ここに、「コロナ渦」の恐ろしさの神髄があるのでは、ないだろうか。

6月の計画を今立てているところだ。18日の上映会、23日を中心とした石垣島取材はもう決めてある。そして、6月9日の石垣島裁判を的に短い那覇取材も今日検討に入れた。6月に2回の沖縄取材を入れようとしている。これは、初めてのことだ。4月の取材がなくなったので、お金が浮いたこともある。しかし、僕の中で、今後の映画作り、僕たちのやり方を考慮したイマージが必要なのではとも思ったのである。

3月~5月まで、10回ほど報道映像をあげてきた。それは、僕にとってとてもいい経験になった。今まで知らないシーンに足を踏み入れることができたことだ。そこで感じたことは、すべてのシーンで厳しい状況が生まれているということだ。おそらく、すべてのジャンルが息苦しくなっている。

今日、ウォーキングも兼ねて横田基地に行ってきた。僕の家と横田基地は、ちょうど那覇と辺野古の距離に等しい。今までであれば、集会でもなければ行かないだろう。

横田基地ゲート前

横田基地は、今日も通常通り機能していた。機影は見られなかったが、大きな音で爆音が鳴り響いていた。

コロナでわかったことは、「危機」の根拠が不明確な状況で、ただ、「自粛」を強要し、一方では新型ウィルスの科学的な解説をほとんど行わず、検証も不十分で、庶民にはただひたすら「仕事」を奪うのみ。しかし、これからが大事だが、軍事行動はしっかり行い、そこに大金を投入しているということだ。

2016年に始めて野党共闘が生まれたときの安保法制以上の民主主義の危機が、今私たちの前に立ち現れているのではないか。そこを、どう表現してゆくのか。節目を迎えているのではないかと感じる。ここからは、おそらく逃げることはできないのではないか。どう、生きてゆくか。それが、僕の6月の過ごし方でもある。

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